尾前神社跡(おざきじんじゃあと)

明治41年(1908年)国の一村一社の方針を受けて、延喜式内江田神社に合祀されるまで、この地には松林の中に小さいながらも荘厳なたたずまいの、尾前神社があった。尾前神社の下には、安永6年(1777年)に遷された川原宮社があり、尾前神社を「上の宮」川原宮社を「下の宮」と呼び、御館の村人の尊崇を集めてきた。また、境内には山の神を祀る山神社があった。

現存する大燈籠の奥、参道の入口と思われる傍らには、天武天皇御館頓宮の碑が建てられており、御館の地名の由来と共に「壬申(じんしん)の乱」とのかかわりなど、古代史への推理が膨らむ
史跡である。

       尾前神社 (無格社)   西坂部町字平崎1707  
                            【祭神 天淳(あまぬ)中原(なかはら)(おき)真人(まひと)天皇(すめらみこと)
                                      (天武天皇)】

       川原宮社 (無格社)   西坂部町字平崎1697

           【祭神 建速須佐之男命(たてはやすさのおのみこと)

       山神社            西坂部町字平崎     

        【祭神 大山祇命(おおやまつみのみこと)